空・殻・核 (くうからかく)

クロノスとカイロスの狭間を転がる

13.惑星の公転軌道と原子核のプラトン立体モデル

前々回、前回と、太陽系の惑星について、通常の天文学的な観点からのアプローチではなく、自転周期・公転周期・会合周期といった時間的データを空間化した幾何学にも似たアプローチで、眺めてみた。こうした手法は、科学的ではないかもしれないが、惑星が私たち人間の意識に与える影響等を、別の角度から捉え直してみるという意味では面白いアプローチだとは思っている。

 

ここから少し発展させて、今回は、近代科学の先駆的存在であるドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーが自著『宇宙の神秘』(1596)の中で説明している「惑星の公転軌道のプラトン立体モデル」とも言うべきものと、アメリカのシカゴ大学教授ロバート・ムーンが提唱した「原子核構造のプラトン立体モデル」とも言うべきものを紹介して、これをうまく接続したいと思う。

 

まず、私たちに馴染みの3次元空間において、すべての面が同一の正多角形で構成され、かつ、すべての頂点において接する面の数が等しい凸多面体を「正多面体」と呼ぶが、この正多面体は、正四面体、正六面体(立方体)、正八面体、正十二面体、正二十面体のたった5種類しかない。古くは古代ギリシアの哲学者でもあるプラトンはこの事実を既に知っていたと言われ、正多面体は「プラトン立体」とも呼ばれる。

f:id:hewhomeyouit:20190313144154j:plain

図13-1 プラトン立体

https://jhs-math.komaro.net/jhs01/kukanzukei/seitamentai/ より)

 

さて、ケプラーが唱えた「惑星の公転軌道のプラトン立体モデル」(以下、「惑星プラトン立体モデル」と略す)は、当時発見されていた水星・金星・地球・火星・木星土星という6個の惑星の公転軌道面に、正八面体、正二十面体、正十二面体、正四面体、正六面体を入れ子構造的に内接・外接させていくものであり、具体的に述べると、以下の通りである。なお、各惑星の公転軌道面は球面に見立てている。

 

まず、水星の公転軌道面に正八面体を外接させる。この正八面体が金星の公転軌道面に内接されるように、正八面体の大きさを調整する。次に、金星の公転軌道面に正二十面体を外接させる。この正二十面体が地球の公転軌道面に内接されるように、正二十面体の大きさを調整する。続いて、地球の公転軌道面に正十二面体を外接させる。この正十二面体が火星の公転軌道面に内接されるように、正十二面体の大きさを調整する。同様に、火星の公転軌道面に正四面体を外接させる。この正四面体が木星の公転軌道面に内接されるように、正四面体の大きさを調整する。最後に、木星の公転軌道面に正六面体を外接させる。この正六面体が土星の公転軌道面に内接されるように、正六面体の大きさを調整する。

 

したがって、ケプラーの惑星プラトン立体モデルは、内側から順に、

 

水星→(正八面体)→金星→(正二十面体)→地球→(正十二面体)→火星→(正四面体)→木星→(正六面体)→土星

 

となっている。

f:id:hewhomeyouit:20190313144527j:plain

図13-2 ヨハネス・ケプラーの惑星プラトン立体モデル

ウィキペディアヨハネス・ケプラー」より)

 

このケプラーの惑星プラトン立体モデルにあやかって、ロバート・ムーンが唱えたのが「原子核構造のプラトン立体モデル」(以下、「原子核プラトン立体モデル」と略す)である。彼は、原子核を構成する陽子や中性子にも電子と同様に軌道を量子化するような構造があり、陽子の個数、中性子の個数、質量数(陽子の個数+中性子の個数)は原子核を安定させる「魔法数」(マジック・ナンバー)と関係が深いと考え、これを説明するために、ケプラーと同様、5種類のプラトン立体による入れ子構造を利用した。

 

ムーンは、ケプラーよりもっと単純に、正十二面体に内接するように正二十面体を設置し、次に、その正二十面体に内接するように正八面体を設置し、続いて、正八面体に内接するように正六面体を設置する。こうして、作ったプラトン立体の入れ子構造の頂点が、ある種の特異点のようになっていて、そこに陽子が格納されるようなイメージである。したがって、一番内側の正六面体の頂点8個が埋まれば、原子番号8(陽子数8個)の酸素原子になり、次の正八面体の頂点6個まで埋まれば、8+6=14で、原子番号14(陽子数14個)のケイ素(シリコン)原子になる。続いて、正二十面体の頂点12個まで埋まれば、8+6+12=26で、原子番号26(陽子数26個)の鉄原子になり、最後の正十二面体の頂点20個まで埋まれば、8+6+12+20=46で、原子番号46(陽子数46個)のパラジウム原子になる。

f:id:hewhomeyouit:20190313144808j:plain

図13-3 ロバート・ムーンの原子核プラトン立体モデル

ロバート・ベイカー他『謎の科学30理論』(1998)より)

 

ところが、このモデルだと、自然界に存在する元素である原子番号92(陽子数92個)のウラン原子まで説明できない。そこで、ムーンは、この正六面体・正八面体・正二十面体・正十二面体という入れ子構造をもう一組用意した。実際、原子番号47(陽子数47個)の銀以上だと、陽子1個につき、10億ボルト以上の非常に高いエネルギーを与えると、ほぼ同じ大きさの二つの部分に分裂するそうだ。パラジウム以下の元素ではこのようなことは生じないという(ロバート。ベイカー他『謎の科学30理論』参照)。詳細は省くが、ムーンは、この2つの入れ子構造を用いて、原子番号92のウラン原子までの構成を説明する。

 

したがって、ムーンの原子核プラトン立体モデルでは、1組目の入れ子構造に対する元素の対応は、内側から順に、

 

水素(原子番号1)~酸素(原子番号8)=(正六面体)→窒素(原子番号7)~ケイ素(原子番号14)=(正八面体)→リン(原子番号15)~鉄(原子番号26)=(正二十面体)→コバルト(原子番号27)~パラジウム原子番号46)=(正十二面体)

 

となっている。

 

なお、ムーンの原子核プラトン立体モデルには、一見、5種類のプラトン立体のうち、正四面体が使われていないように見えるが、これは、実は最も内側の正六面体の内部構造として使われている。つまり、正六面体の頂点のうち、1個ずつ飛ばした4個の頂点を結んでできる立体が正四面体であることを用いて、ヘリウム原子核であるα粒子の構造などを説明している。

 

以上で、ケプラーの惑星プラトン立体モデルと、ムーンの原子核プラトン立体モデルの大雑把な構造の説明は終えるが、これを利用して、惑星の公転軌道の配置といったマクロ・レベルの自然界の構造と、原子核における陽子軌道の配置といったミクロ・レベルの自然界の構造を、よりダイレクトにうまく連携させることはできないものかと考えてみる。この発想の背景として、マクロ・レベルの自然界の周期的構造と、ミクロ・レベルの自然界の周期的構造が互いに連携し合って、人間の精神や意識、さらには、もっと高次元の精神や意識が生み出されているのではないか? あるいは、発想を逆転させて、高次元の精神や意識が存在するからこそ、マクロ・レベルの自然界の周期的構造や、ミクロ・レベルの自然界の周期的構造が形成され、それらが連携し合って、様々な現象が生じているのではないかというわけである。まあ、簡単に言ってしまえば、精神や意識がまるで球体のごとく転がっている、その途上の離散的な核構造としてプラトン立体が使えないだろうかという発想である。

 

古代ギリシアの哲学者プラトンは、ピタゴラスと同様に、数を調和の本質とし,宇宙を形成する元素を数の面から捉えた。具体的には、自著『ティマイオス』の中で、元素として、正四面体には「火」を、 正八面体には「空気」(風)を、正二十面体には「水」を、正六面体には「土」を対応させ、正十二面体には未知の第五の元素「エーテル」を対応させている。

f:id:hewhomeyouit:20190313145051j:plain

図13-4 プラトン立体と五大元素

プラトンティマイオス』より)

 

ここで、何かを思考するときの参考に、各プラトン立体の数値的特徴を以下に一覧として掲げておく。

f:id:hewhomeyouit:20190313145333j:plain

図13-5 プラトン立体の主な数値的特徴

これらを無意識的背景に控えて、改めて、惑星のマクロ・レベルでの精神的な構造体が、元素のミクロ・レベルでの物質的構造体へと向かって収縮していくのが、惑星と元素の対応関係であると考えてみよう。改めて、ケプラーの惑星プラトン立体モデルを図示しておく。

f:id:hewhomeyouit:20190313145437j:plain

図13-6 プラトン立体と惑星の公転軌道

次に、ケプラーの惑星プラトン立体モデルに、ムーンの原子核プラトン立体モデルに連携させて、元素対応を考えてみると、こんな感じになる。

f:id:hewhomeyouit:20190313145533j:plain

図13-7 プラトン立体と惑星および元素の対応のシュミレーション

言ってみれば、ロバート・ムーンが提唱したプラトン立体の入れ子構造の組をもう一組内部に抱え込むようにした上で、それがうまくケプラーの惑星プラトン立体モデルに重なり合うようにしている。こうすると、うまい具合に、外惑星(木星土星天王星海王星)の入れ子構造が、内惑星(水星・金星・地球・火星)の入れ子構造に射影変換されているようにも見え、その最も中核的なエネルギーがp-pチェーンとCNOサイクルを通して、太陽の内部で生み出されているようにも見える。

f:id:hewhomeyouit:20190313145636j:plain

図13-8 ケレスを含む小惑星帯による内惑星と外惑星の分割

(ジョン・マルティノー『星たちのダンス』より


言ってみれば、外惑星から内惑星への射影変換、もしくは、その逆変換の数値的な根拠として、木星土星天王星海王星の外惑星と、水星・金星・地球・火星の内惑星の平均公転軌道半径の間の関係として、

f:id:hewhomeyouit:20190313145750j:plain

図13-9 内惑星と外惑星の平均公転軌道半径の比の関係

という複比的な関係がある。この「平均公転軌道半径」の間の関係という空間(距離)的関係は、ケプラーの第3法則を用いて、「平均公転周期」の間の関係という時間的関係として見ることもできる。

 

【参考】ケプラーの惑星の運動の3法則(ウィキペディアケプラーの法則」より)

ケプラーの第1法則…「楕円軌道の法則

惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。

ケプラーの第2法則…「面積速度一定の法則

惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。

ケプラーの第3法則…「調和の法則

惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。

 

この辺のイメージを用いて、太陽系の惑星形成に、もう少し深い有機的な意味付けは行えないものだろうか。



12.水星の少年、金星の少女

前回、直径が朔望月周期rである円(この円周の長さはπrで「水星の公転周期」)を直径2rの円(この円周の長さは2πrで「水星の1日」)に内接させながら転がしてできるサイクロイドの軌跡が、直径2r(「水星の自転周期」)であると言った。同様に、直径2rの円を直径4rの円(この円周の長さは4πrで「地球の公転周期」)に内接させながら転がしてできるサイクロイドの軌跡は、直径4r(「水星と地球の会合周期」≒「金星の1日」)になる。さらに、直径4rの円を直径8rの円(この円周の長さは8πrで「火星の公転周期」)に内接させながら転がしてできるサイクロイドの軌跡は、直径8r(「金星の公転周期と自転周期の平均」)になる。

 

このストーリーで行けば「地球の公転周期」/「金星の公転周期と自転周期の平均」=4πr/8r=π/2となるが、これは黄金比Φ=(√5+1)/2に比較的近い。さらにΦに近似させるには「地球の公転周期」/「金星の公転周期」の方がいい。また「金星と地球の会合周期」/「地球の公転周期」もΦに近似する。

f:id:hewhomeyouit:20190305003557j:plain

月と水星と金星と地球の各周期の関係(1)

f:id:hewhomeyouit:20190305003844j:plain

月と水星と金星と地球の各周期の関係(2)

f:id:hewhomeyouit:20190305004051j:plain

太陽の自転周期と火星の公転周期との関係

さて、「火星の公転周期」8πrまでたどり着いた段階でふと思う。この8πrというのは果たして何か?と。結論から言えば、半径rの球の体積を2階微分したものに相当する。ちなみに、その半径rの球の体積を、1階微分したものは「土星の公転周期」に近似し、3階微分したものは、「太陽の(赤道付近の)自転周期」に近似する。以上をまとめると、以下のような感じになる。

f:id:hewhomeyouit:20190305004323j:plain

球の体積の1階・2階・3階微分と惑星周期

これらの結果を利用すれば、結果的に、

 太陽の自転周期 =(太陽の自転周期)×(地球の自転周期)≒25.38(日)、

 火星の公転周期 =(太陽の自転周期)×(月の公転周期)≒687(日)、

が言えることになる。

 

ついでに、かなり大雑把なモードで、各外惑星の公転周期を内惑星の公転周期と関連付けると、こんな感じになる。

 

木星の公転周期 =(水星の公転周期)×(地球の公転周期)×1/8≒11.86(年)、

土星の公転周期 =(金星の公転周期)×(地球の公転周期)×1/8≒29.4(年)、

天王星の公転周期=(水星の公転周期)×(地球の公転周期)≒84(年)、

海王星の公転周期=(水星の公転周期)×(火星の公転周期)≒165(年)、

 

以上を、ちょっと図的なイメージでまとめると、次の図になる。

 

f:id:hewhomeyouit:20190305004516j:plain

地球と月、太陽と火星、天王星海王星の関係

 

11.太陽系の各惑星の自転・公転・会合周期、まずは水星から

地球と太陽と月のみならず、古くから太陽系の惑星たちは夜や宵や明け方の空に人間たちの目に触れ、ごく自然に絵画や小説、随筆などの中に登場し、私たちの意識に深く浸透していたりする。天動説の時代は、太陽と月も惑星の仲間であり、近代に入るまでは、惑星は天球上で地球の周りを回る日数の少ない順から、月・水星・金星・太陽(日)・火星・木星土星の七惑星だった。近代になって、地動説が提唱されるとともに、ティティウス・ボーデの法則から始まって、土星より外に天王星海王星冥王星が発見されたが、2006年国際天文学連合(IAU)総会で冥王星は惑星の座から降格して「準惑星」に分類されるようになった。したがって、2019年現時点での太陽系の惑星は、水星・金星・地球・火星・木星土星天王星海王星の八惑星である。古代から考えると、「七転び八起き」ならぬ、七惑星から八惑星への変化だ。

 

さて、惑星の運動と言えば「回転」がキーワードであり、時間的に言えば元の位置に戻ってくると「周期」というものがある。その中で特に大事なものが、自転周期・公転周期・会合周期の3つだ。自転周期は、天体自身が固定軸(自転軸)の周りを1回転する(「自転」という)のに要する時間のことであり、公転周期は、ある天体がある天体の回りを周回運動する(「公転する」という)時の1回転に要する時間のことである。自分でエネルギーを燃焼して輝く天体のことを「恒星」と呼び、太陽は恒星の一種だ。大雑把に言えば、その恒星の周りを公転するのが「惑星」であり、その惑星の周りを公転するのが「衛星」である。ただし、長い間「惑星」というものには、定量的な明確な定義や基準がなく、ざっくりと決まっていた感じだ。長い間の歴史において、小惑星・彗星といった惑星に割り当てにくいような微妙な天体が発見されていくうちに、惑星の基準を明確にする要求というものが次第にエスカレートし、クローズアップされ、ついに冥王星準惑星降格といった出来事も生じたわけだ。自転周期・公転周期以外に、2つの天体がある天体の周りを公転するとき、角度的に同じ位置に来る(「会合する」という)周期というものがあるが、これを「会合周期」と呼ぶ。会合周期については、以下のような明確な計算方法がある。

f:id:hewhomeyouit:20190302215228j:plain

2つの惑星間の会合周期および月の朔望月周期の計算の仕方

月の満ち欠けの周期、朔望月周期もこの会合周期に準じており、月を、太陽に対する地球の公転の内側を公転する惑星のように見立てた場合の、月と地球の会合周期に相当するものが「月の朔望月周期」になる。

 

言ってみれば、自転が自分軸のまわりだけを運動するという意味で「一人称」的であるとするなら、公転は恒星を中心においてその周りを巡るという意味で「二人称」であり、会合は恒星を中心においてその周りを巡る2つの天体同士が再び同じ位置で出逢うという意味で「三人称」と言っていいように思う。そういう意味では、自転が一人称、公転が二人称。会合が三人称という物言いはまんざらでもない気がする。

 

なお、太陽系の各惑星および代表的な準惑星の自転・公転周期と衛星や環の個数は、2019年2月20日現在では以下の表の通りである。

f:id:hewhomeyouit:20190302215354j:plain

太陽系の各惑星および代表的な準惑星の自転・公転周期と衛星や環の個数

次に、太陽系の内惑星群、すなわち、水星・金星・地球・火星の4惑星、および、外惑星群、すなわち、木星土星天王星海王星の4惑星の間の会合周期について少し計算してみましょう。

f:id:hewhomeyouit:20190302215549j:plain

各惑星同士の会合周期(1)(主に内惑星)

f:id:hewhomeyouit:20190302215818j:plain

各惑星同士の会合周期(2)(主に外惑星)

ここで、各惑星の大きさや、太陽からの距離だとかそういった惑星の空間的な側面ではなく、各惑星の自転周期・公転周期および惑星間の会合周期といった惑星の時間的側面を、ある意味、仮想空間上の距離のように見立てて、次のように考えてみる。まずは、仮想空間上の距離の単位ベースとして、「朔望月周期」(地球から見た月の満ち欠けの周期)29.5(日)をrとして採用することにする。rを直径とする円を考えると、この円周の長さπrは大体「水星の公転周期」(約88日)に等しい。この円の半径の2倍の円の円周の長さは2πrだが、円周の長さπrの円を、円周の長さ2πrの円の円周に内接するようにしながら転がすと、円周の長さ2πrの円の半周分で円周の長さπrの円は1回転し、その軌跡(内サイクロイド)はちょうど円周の長さ2πrの円の直径2rになる。この2rは大体「水星の自転周期」(約58日)に等しく、2πrは大体「水星の1日」(太陽が水星の空を一回りする時間=約176日)に等しくなる。さらに、円周の長さπrの円を、円周の長さ2πrの円の円周に内接するようにしながら転がし続けると、その軌跡は円周の長さ2πrの円の直径の往復分となり、その距離は4rとなる。この4rは大体「水星と地球の公転周期」(約116日)に等しい。以上で、水星に関する主な周期は出揃ったが、月の朔望月周期を単位として仮想上の円に内接する半分の半径の内サイクロイドに関連する数値として表われたことになる。

f:id:hewhomeyouit:20190302220519j:plain

朔望月周期と水星の各周期との関係

 

10.地球と太陽と月の回転

私たち人間が暮らしているこの大地には、海や山や川や湖などがあって、他にもそこで生きている動物や植物や菌類や微生物たちがいて、その生活環境に大きな影響を与えている太陽と月という天体が昼間あるいは夜に空に輝いている。

そもそもこの大地が海などとともに、地球という惑星だったとわかったのは、近代に入ってからだし、私たちの地球を含む、水星・金星・火星・木星土星天王星海王星という惑星たちが、自ら自転しながら公転しているとわかったのは、なおさら比較的最近のことだ。そう考えると、太陽と月は、ずっと昔、太古の時代から知られていたし、私たちの生活を潤わすとともに、逆に、私たちの生活や生命にダメージを与え続けてもきた。それだけ、この私たちの血となり肉となり、もちろん当然のことながら、私たち自身の意識形成にも大いに関わっていると思われる。太陽は、天体の種類としては「恒星」であり、自らエネルギーを燃焼させながら輝き続けている。一方、月は、天体の種類としては「衛星」であり、惑星が恒星のまわりを自ら自転しながら公転しているように、衛星もまた惑星のまわりを自転しながら公転している。そもそも私たちが日常、仕事や遊びで使っている時間の単位である「1日」や「1年」はこの地球が太陽の見かけの周回運動をもとに決められたものであるし、今は、地球の自転周期が「1日」、地球の公転周期が「1年」とされている。さらに言えば、地球の公転周期は、地球の自転周期である「1日」との関係で言えば、正確には「1年=365.2422日」とされている。そして、「1ヶ月」もまた地球に対する月の公転周期との関係で決められており、月の公転周期は正確には約27.3216日とされている。なお、私たちが日頃、空に浮かぶ月の「満ち欠け」の周期は、満月から次の満月まで、あるいは、新月から次の新月までを基準にしており、満月は「望月」、新月は「朔月」と呼ばれることから、朔望月周期と言われ、正確には約29.5306日とされている。

 

科学の発展に伴う正確な値は別にして、人間の意識にとっては「ざっくり」とした値も大事で、地球の自転周期は1日=24時間×60分×60秒=86,400秒であり、月の公転周期は27日、月の朔望月周期は29.5日、地球の公転周期は1年=365日とすれば十分だったりする。このざっくりとした値をベースに、こんなことを考えてみる。

 

月の公転周期27日を「r」としてみる。すると、地球の公転周期365日は

f:id:hewhomeyouit:20190226154608j:plain

地球の公転周期に近似

に近似しているとも言える。これは、rをrで1回積分した値にr=27を代入した値になっている。すると、地球の自転周期(1日)、月の公転周期(1月(ひとつき))、地球の公転周期(1年)、つまり、見かけの天球上の天の赤道白道黄道上の1回転の周期に当たるものは、それぞれ、ざっくりとは、

f:id:hewhomeyouit:20190226155043j:plain

rの3つの数式

と表されているとも言えることになる。すると、月の公転周期r(日)を基準にすれば、rをrで1回微分したもの=1が地球の自転周期、rをrで1回積分したものが地球の公転周期に相当することになる。言い換えれば、地球の公転周期を月の公転周期で1階微分すれば月の公転周期、さらに、月の公転周期で1階微分すれば地球の自転周期になるということになる。要するに、「年」を月で1階微分すれば「月」になり、さらに1階、つまり、合計2階微分すれば「日」になるというわけだ。

 

これでも個人的にはなかなか面白いとは思うのだが、もう少し詩的な表現に変えるために、「微分」という数学用語を、量子論における観測という意味合いから「見る」という言葉に置き換えて、「太陽(地球の公転周期)を月(月の公転周期)の眼差しによって2度見ると地球(地球の自転周期)になる」というふうに言い回しを変えてはどうだろうか。少しはロマンチックな雰囲気になるだろうか。これなら、スサノオのような男がアマテラスのような女に見入られながら「君は僕の太陽だ」と告白すれば、この間の眼差しのやり取りはまんざらでもない気がするのだが…。

 

ちなみに、前述の

f:id:hewhomeyouit:20190226155043j:plain

という文字列は、数学的には、

f:id:hewhomeyouit:20190226155428j:plain

eのr乗のマクローリン展開

という指数関数の無限級数展開(マクローリン展開)における第1項、第2項、第3項になっている。もし、人間の意識の連続性というものが、仮に、このような無限級数展開との関係で語られるようになる日が来れば、その中に、地球の自転周期(日)、月の公転周期(月)、地球の公転周期(年)というものが内在的に含まれているとしたら、何とも面白いことだとは言えないだろうか。

 

最後に今までのことをまとめておくので、一見味気ないように思える数式たちを壮大なイメージを膨らませる一枚の絵のような感じで是非鑑賞してみて欲しい。

f:id:hewhomeyouit:20190226155628j:plain

地球と月と太陽の関係のイメージ

 

9.ソ・ラを超えて

♪ドはドーナツのド、レはレモンのレ、ミはみんなのミ♪

 

「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の音階と言えば、ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』および同名映画に登場した「ド・レ・ミの歌」が思い浮かぶが、音階の由来は、11世紀に遡るそうだ。

 

カトリック教会の修道会ベネディクト会の修道士でイタリアのアレッツォに住んでいたグイード・ダレッツォは、1025年か1026年、34歳のときに、アドリア海沿岸、フェラーラにほど近いポンポーザ修道院に所属していたときに、『アンティフォナリウム序説』というどんな楽曲を表記する場合にも標準的に使える楽譜記譜法を説明した音楽教師向けの実践的なテキストを著した。

 

元々8世紀にパウルス・ディアコヌスが作ったとされる、ラテン語の『聖ヨハネ賛歌』は、以下の通り。

 

 Ut queant laxis (あなたの僕(しもべ)が)

 Resonare fibris  (声をあげて)

 Mira gestorum  (あなたの行いの奇跡を)

 Famuli tuorum  (響かせることができるように)

 Solve pollut   (私たちのけがれた唇から)

 Labii reatum   (罪を拭い去ってください)

 Sancte Iohannes (聖ヨハネ様)

 

この第1節から第6節まで最初の音がそれぞれ「C-D-E-F-G-A」の音になっており、グイード・ダレッツォは、この歌詞の最初の文字を用いて、「Ut-Re-Mi-Fa-Sol-La」という音階を発明したと言われる。音階は7個あるため、のちに第7節の2つの語の頭文字をとって「SI」が付け加えられた。また、「Ut」は発音しにくいため、のちに「主」を示すDominusの「Do」に変更された。

 

 Ut→Do(C:ド)

 Re (D:レ)

 Mi (E:ミ)

 Fa (F:ファ)

 Sol (G:ソ)

 La (A:ラ)

 SI (B:シ)

 

初期ルネサンスまでの西洋音楽の標準的な音律だったピタゴラス音律では、音階の全ての音と音程を周波数比3:2の純正な完全五度の連続から導出する音律だ。ピタゴラスは、モノコード(一弦琴)を用いて、弦の長さと音の高さを調べ、まず、弦の長さを半分にすると、同じ音程で高さの異なる音が出ることを発見した。これが「オクターブ」である。実際、1:1に内分する位置で弦を弾くと、オクターブ異なるドの音階になる。元の弦の長さ1と、オクターブ異なる弦の長さである1/2に対して調和平均を求める。調和平均Hは、数a,bがあるとき、それぞれの逆数の和を2で割ったものの逆数をとること、つまり、

f:id:hewhomeyouit:20190216112215j:plain

調和平均

によって求められるから、この場合は、H=2/3となる。つまり、2:1に内分する位置で弦を弾くと、これが「ソ」の音階になる。

 

さて、1から始めて、この調和平均2/3を順に掛けていって次々に音階を作っていくわけだが、弦の長さが1/2と1の間にあるときはそのままでよいが、その範囲を超えたときには、値を2倍して1/2から1の間に収まるように調整した。すなわち、

f:id:hewhomeyouit:20190216113212j:plain

ドからシへ

f:id:hewhomeyouit:20190216113407j:plain

シからファへ

最後のこの値は0.74に近似し、ファの音を奏でる弦の比3/4=0.75とはずれがある。この3/4は、弦の長さ1と弦の長さ1/2の単純な相加平均Aで求まる。

f:id:hewhomeyouit:20190216113709j:plain

相加平均

f:id:hewhomeyouit:20190216113839j:plain

ファとド

当然、最終的に1オクターブ上のドが綺麗に1/2にならずにずれが出る。このずれがピタゴラス・コンマと呼ばれる差異である。なお、波長は弦の長さに比例し、振動数(周波数)はその逆数になる。これをまとめると、以下の通りである。

 

 Do (C:ド……1)   振動数:1

 Re (D:レ……8/9)  振動数:9/8=1.125

 Mi (E:ミ……64/81) 振動数:81/64=1.265625

 Fa (F:ファ…3/4)  振動数:4/3=1.333…

 Sol (G:ソ……2/3)  振動数:3/2=1.5

 La (A:ラ……16/27) 振動数:27/16=1.6875

 Si (B:シ……128/243)振動数:243/128=1.8984375

 

すると、宇宙の歴史において、私たちの太陽系誕生以前の歴史と誕生以後の歴史の比はちょうど2:1であり、宇宙の歴史全体と私たちの太陽系誕生以前の歴史の比は3:2となるので、これを音階にすれば「ソ」(Sol)になる。奇しくも「太陽」ラテン語で「Sol」である。そう言えば、前述の「ド」から最初の調和平均で作られたピタゴラス音階は「ソ」であった。そして、順に作られていって、最後に作られる音階に近似するのが、弦を3:1に内分する位置で弦を弾いてできる「ファ」の音階であった。

 

f:id:hewhomeyouit:20190216114050j:plain

定在波と倍音の数値化

定在波と倍音の数値化(砂生記宜・藤原肇『宇宙波動と超意識』より)

8.二項展開とパスカルの三角形

あなたとわたしの間に成り立つ関係性というものを、何らかの形式に則って表現してみたいと思う。と言ってもさほど難しいことではない。まずは、単純にあなたを「a」、わたしを「b」と書いて、その間に「+」という記号を入れて結ぶ。そうすると、あなたとわたしの最も単純な結びは、

f:id:hewhomeyouit:20190213132039j:plain

二項和

と書ける。これは「二項和」(二項の和)と呼ばれる。しかし、実際には、あなたとわたしの結びというものは、何重にも階層づけられ関係させていると考えると、これもまた最も単純には、

f:id:hewhomeyouit:20190213132123j:plain

二項和の積

のように、二項和をn個掛け合わせる形で表せると考える。このように何個掛け合わせるかをいちいち書いていたのでは面倒なので、これを

f:id:hewhomeyouit:20190213132211j:plain

二項和のn乗

のように、縮めた形式で書くことにする。これは「二項和のn乗」と呼ばれる。この二項和のn乗のnに実際に、

f:id:hewhomeyouit:20190213132259j:plain

0と自然数

という数を放り込んで書いてやる。次のように書ける。

f:id:hewhomeyouit:20190213132332j:plain

二項和の累乗

ここで、0回の積というものは、何も二項和を掛け合わせないので、この場合は、「1」と取り決めておくことにする(これは単なる取り決めなので、難しく考えないでいいが、積の単位元が「1」であることに由来している)。とにかく、このように、あなた「a」とわたし「b」は「n」階層で関係し合うと考えるわけだ。括弧を付けたままだと見栄えは美しいかもしれないが、中身がどうなっているのか見えにくいので、これらを展開してやる。実際に計算してやると、途中の計算式を省けば、次のようになる。

f:id:hewhomeyouit:20190213132411j:plain

二項和の累乗の展開

この二項和の積のn乗の展開を「二項展開」と呼ぶ。ここに登場する各項の係数を「二項展開係数」略して「二項係数」と呼ぶ。例えば、5行目の二項和a+bの4乗の場合、1番目の項の係数は「1」、2番目の項の係数は「4」、3番目の項の係数は「6」、4番目の項の係数は「4」、5番目の項の係数は「1」である。順に、二項係数だけ取り出してやれば、次のようになる。

 

f:id:hewhomeyouit:20190213133108j:plain

二項係数

 何だか規則性のようなものが見えてくる。1段目から2段目への移行は、1から両脇にそのまま1を降ろしている。2段目から3段目への移行は、両端の1はそのまま降ろすが、真ん中は隣り合う1を足して1+1=2と足し合わせて降ろす。同様に、3段目から4段目への移行は、両端の1はそのまま降ろすが、中間隣り合った数同士だけを足して、それぞれ、1+2=3,2+1=3として降ろす。この形式を繰り返すと、上から下に向かって、数の三角形ができていく。この数の三角形は「パスカルの三角形」と呼ばれる。

 

f:id:hewhomeyouit:20190213133350j:plain

パスカルの三角形

 

a+bのn乗を展開した各項は、

f:id:hewhomeyouit:20190213133444j:plain

二項和のn乗

という元の式を見ればわかるように、

f:id:hewhomeyouit:20190213133507j:plain

(a,b)対n個

というaとbの対(a,b)n個の中からa, bのどちらかを必ず選んで積を作ることになるから、各項は、

f:id:hewhomeyouit:20190213133543j:plain

二項展開の各項の形

という形でできていて、aとbの総和j+k=nとなる(つまり、j=n-k)。すなわち、二項展開した各項は、n個からk個(k=0,1,2,…,n)取る組合せになり、その係数は、n個からk個(k=0,1,2,…,n)取る組合せの数になる。した

 

f:id:hewhomeyouit:20190213133625j:plain

二項展開の各項

となる。例えば、(a+b)の4乗を展開した各項だと、各項は

f:id:hewhomeyouit:20190213134035j:plain

(a+b)の4乗の展開の各項

となって、その係数は、

f:id:hewhomeyouit:20190213134137j:plain

(a+b)の4乗の各項の係数

となる。

 

ちなみに、前述したパスカルの三角形だが、パスカルの三角形は、a+bのn乗(n個の積)の展開係数でできているわけだから、パスカルの三角形の(n+1)段目は、左から(k+1)番目の数が、n個からk個(k=0,1,2,…,n)とる組合せの数になっている。

 

ちょっとやや数学的な説明になってしまったので、もう少し視覚的なイメージで捉えてみよう。例えば、(a+b)の4乗を展開すれば、各項は

f:id:hewhomeyouit:20190213134503j:plain

(a+b)の4乗の展開の各項

となる。あなたが「a」でわたしが「b」だとして、一番左の項が「一番あなたである位置」であり、逆に、一番右の項が「一番わたしである位置」だとしたら、「一番あなたである位置」から、右に向かうほど、次第にあなたである次元が薄まっていって、反対に、徐々にわたしである次元が濃くなっていって、ついに「一番わたしである位置」へとたどり着くという感じだ。一方、左に向かうほど、次第にわたしである次元が薄まっていって、反対に、徐々にあなたである次元が濃くなっていって、ついに「一番あなたである位置」へとたどり着くという感じだ。

 

f:id:hewhomeyouit:20190213134326j:plain

a,bそれぞれの次元の薄まり方

「一番あなたである位置」である位置が「彼岸」であり、「一番わたしである位置」が「此岸」だとすれば、まさしく「彼岸」から「此岸」へと何かが渡ってくるという感じだ。そして、この彼岸から此岸へ渡ってくる風のような観察者の視線こそ「意識」のある種の表現だとは言えないだろうか。この辺りについては、別途もう少し考えてみたい。

7.アポロニウスの円

人間はどうも無垢で公平であった大地を分断して、より自分が多くなるように領土化し、所有しようとする。その傾向は、自分以外の他者を出会ったときに特に顕著に表れるようだ。

 

例えば、あなたBとわたしCの間を結ぶように引かれた一本の線分があったとして、その両者の力関係の比がm:n(m>n)であったとしたら、その線分領域をm:nに分けようとするし、さらに、あなたとわたしの線分領域を超えた地点Dに自然に目が置かれたとしても、あなたとわたしの間の線分領域を超えた地点Dまでの領域の比BD:CDがm:n(m>n)になるように分けようとする。

 

このように、あなたとわたしの間の線分内の点で分けることを「内分する」といい、線分を超えた点で分けることを「外分する」という。

 

面白いことに、この内分する点と外分する点という2点を直径の両端とする円を描けば、それはあなたとわたしの線分領域をm:n(m>n)に分ける点全体の集合になる。これを幾何学的には「アポロニウスの円」という。

f:id:hewhomeyouit:20190205165121j:plain

アポロニウスの円

このアポロニウスの円に関しては、他にも面白い性質がある。線分BCをm:n(m>n)の比に分けるアポロニウスの円周上の任意の点Aを選べば、三角形△ABCの角Aに関して、内角A(∠BAC)の二等分線はBCをm:nに内分する点Dを通るし、外角A(∠CAE)の二等分線はBCをm:nに外分する点E(BCの延長線上にある)を通る。しかも、この比m:nというのが、実は点Aを含む他の二辺ABとACの比なのである。

 

言い換えれば、三角形のある頂点に対する内角の二等分線は対辺を残りの二辺の比で内分する点を通るし、外角の二等分線は対辺を残りの二辺で外分する点を通るということだ。

 

まるで、頂点Aは、人間の視点のようなもので、内角と外角の二等分線は、それぞれ自分の内面を見る内向きの視線、自分の外面を見る外向きの視線であり、頂点Aに対する対辺BCはスクリーンの働きを果たす視界平面のようなもので、ただそれが平面ではなく線分と化したものであり、それを左右の視界範囲のふちであるABとACの偏りの差異にる長さの違いによって、その長さの比を保ったまま、スクリーンである線分を、内面では内分比で、外面では外分比で分けているとは言えないだろうか。そう考えると、何だか意味深な感じだ。